1ヶ月と1週間、乳がん患者として生きた話し①

 実は3月初めから4月初旬までの1ヶ月と1週間、わたしは乳がん患者として生きていた。たぶん役には立たないが個人的な記録としてその顛末を書く。

 2月半ばに「無痛マンモ」こと乳がんMRIを受け、それをツイートしたところそこそこいいね&RTされた。乳がんMRIに対する世間の関心の高さが伺える出来事だった。みんなマンモグラフィーの痛さには辟易しているのだろう。

 で、それから1週間して検査報告書が送られてきたのだが、2日後封を開けたら冒頭に判定D、要精査と記されていて、左の乳房に17×18mmの腫瘍があり「がんの可能性が考えられます」「乳がんの疑いがあります」という所見が綴られていた。また、わたしはあのマンモでは腫瘍が見つかりにくいというデンスブレスト(高濃度乳腺)らしい。

 2日放置していたのは要精査になるなんて夢にも思わなかったからだ。すごく元気だし自覚症状もない。2年前に受けたマンモグラフィーの結果も「異常なし」だった。

 40歳を過ぎてから2年に一度、無料のクーポンが区から配布されるたびマンモグラフィーを受けている。でもそれはとにかく痛くてまるで拷問のよう。だから今回自費にはなるけれど無痛だというMRIをやってみようと思った。定期健診のつもりで。

 そしたら「がんの可能性が考えられます」「乳がんの疑いがあります」だ。どちらの文章も実際所見にそのまま記載されていたもので、当然それを見てわたしは動揺した。それ以外の所見を読んでもどういうことなのかよくわからなかったがとにかく不穏なことは感じ取れる。

 しかし要精査になったのはこれが初めてではない。過去に心電図と尿検査で引っかかったことがある。でも再検査をしたらなんでもなかった。

 また肺のCTで甲状腺腫瘤が見つかり、これは2年半経過観察中だけれど主治医によれば大きさの変化は誤差程度だという。

 「ねえ要精査やって。がんの可能性があるって」

 報告書を見せると「えええ…今すぐ病院に電話して」と夫も動揺している。所見に書かれた見慣れない単語を彼はすぐさま検索し始め、わたしはその間にMRIを受けたクリニックへ電話して2日後に造影MRIの予約を取った。造影MRIは血管に造影剤を注入しながら行うMRIでより詳しいことがわかるそうだ。

 その夜「もしがんだったら切った方がいいと思う。がんは切らなきゃ治らないから」すでに覚悟を決めた様子で説得するみたいに夫は言った。

 「そりゃがんなら切るけど」と答えながら夫がなぜそんなことを言うのか不思議だった。そりゃがんなら切除するしかなくない?

 でも切除はせず他の方法を選択する患者もいる。女性であり乳がんということからわたしが切除を拒む可能性を否定できなかったのかもしれない。彼は兄を大腸がんで亡くしている。妻まで亡くすわけにはいかないのだ。

 「がんだったら切るよもちろん」

 心配そうな夫にわたしは宣言した。もしがんならまずは標準治療に全力で取り組むしかないだろう。

 とはいえ「でもまあがんじゃないっしょ!」とこの時点では半分以上思っていた。たいした根拠はないけれど、大病を患った経験もないし身体は丈夫な方だ。とくにコロナ禍でヨガを始めてからは毎日自分で身体のメンテナンスが出来るようになり、なんなら成人後の人生で一番元気なくらいだった。それにこういう時わたしはいい方に考えるタイプだ。

 ちなみに夫はわたしと真逆で常に最悪のケースを考えるタイプ。自分の妻はがんなのだと早々に悟ったような顔をしていた。

 ともかく造影MRIを受けてみるしかない。仮に悪性だとしても腫瘍が17×18mmならステージ1。ステージ1の10年生存率は90%以上。それに乳がんはがんの中では比較的予後がいいらしい。がんならがんで前向きに闘病しよう。

 結果はその場でわかるということなので、わたしが先に病院へ行き、撮影の終わる頃夫にも来て貰うことにした。

 ちなみに乳がんMRIは自費だが造影MRIは保険適用。それでも1万円近くする。

 再びクリニックを訪れると前回同様まず更衣室へ案内された。検査着に着替え診察室へ入ると看護師さんが造影剤を注入するための針を腕に刺しそれを固定する。そしてそのままMRI室へ移動し撮影が始まった。所要時間は60分。意外と長い。

 おまけに前回は耳栓+ヘッドホンで音はそれほど気にならずうとうとしたほどなのに、造影MRIはヘッドホンから音声で指示が流れるため耳栓なし。耐えられないほどではないが、ガーガーピーピーとかなり五月蠅かった。

 撮影が終わって待合室へ戻るとほどなく夫もやってきた。急いで来たのか夫は汗をかいている。「今日は暑いよね~」といいながら隣に座るよう促していたら名前を呼ばれ診察室へ案内された。

 挨拶して着席すると院長は画像を指差しながら所見を述べる。やはり悪性の疑いが高いという。数値のグラフを見せその根拠も解説してくれた。腫瘍の大きさは17×18×21。悪性であれば浸潤がん。ということはステージ1ではなくステージ2?

 「そっか」と思った。「そっか。がんなのか。まあしょうがないな」という気持ちだった。夫は夫で昨日のうちに覚悟を決めていたし、ふたりとも淡々とそれを受け止めた。

 その態度を見て大丈夫そうだと踏んだのかわからないが悪性の可能性はどのくらいなのか尋ねると「9割ですね。ほぼ悪性です」と院長は断言した。

 そっか。医者が確信を持って9割と断言するならそれはもう99.99999%の確率で悪性なのだろう。まあしょうがないな。

 それから続けて「治療についてはどう考えていますか」と問われたので、もうそんな具体的なことまで聞かれるんだからやはりほぼほぼがんなのだと思った。リンパへの転移はなさそうだということでそれだけが救いだ。

 「わたしとしては一刻も早く切除したいです。可能なら明日にでも」

 即座に返答したら院長は少し驚いたみたいだけれど、ならば紹介状を書きましょうと転院先の希望を尋ねられる。

 「素人なりに調べてやはり有明がんセンターがいいのかなと思ったのですが調べれば調べるほどよくわからなくなって…お勧めの病院はありますか」

 夫が伺いを立てると院長はいくつか候補を挙げた。有明がんセンターは人気があるので初診の予約が取りづらく、確定から手術までも最低2ヶ月はかかるとのこと。心は決まっているようなのでなるべく早く手術を受けられる病院、それに治療を始めたら1年程度は通院することになるので通いやすいところがいいでしょうとアドバイスされ、もっともだなと思う。

 「数日考えて返事を下さい」といわれたものの、がんと決まればとっとと切りたいわたしたちはその日の夜に話し合い、院長が挙げた候補の中から一番アクセスがいい某医院を選んだ。乳腺科の写真を見たら女性の比率が高くトップも女医だったのでそれも決め手となった。形成外科とチームを組んで再建にも力を入れているようなので新しい胸の造形にも期待できそうだ。

 翌日クリニックへ希望を伝え、なるべく早く初診を受けたいので話を通して欲しいとお願いする。そしたらその日のうちに折り返し電話がかかってきて「明日受診できます。紹介状を取りに来て下さい」といわれ、早くても来週だと思っていたのでびっくりした。

 仕事中だったわたしに代わってリモートワークを終えた夫が紹介状を取りにいき、翌朝それを持って某医院へ向かう。夫も仕事を休んで付き添ってくれた。

 その日は1日がかりで診察、触診、エコー、マンモと一通りの検査を受ける。そうあんなにマンモを嫌がっていたのに、マンモが嫌過ぎてMRIに22,000円払ったのに、結局わたしはまたせんべいみたいに胸を圧し潰されるはめになったのだった。